養蚕農家を訪れた時のことであります。その時の体験として「カイコは人を育てる」と言うことが実感として良く分かりました。養蚕家はもとより、稲作農家や園芸農家、畜産農家と言った各農家の方々と接してみると、面白いことが分かりました。それは、農業の内容によって違った考え方が生まれると言うことです。それに気付いたのは10年くらい過ぎたころです。何気なく養蚕家を訪ねた時のことであります。それは、心おだやかな対応でした。どんなに忙しい時期に伺っても、笑顔で、手を休めて話してくれました。これは何故なのかと考えてみると、そこにはカイコの存在が大きく脳裏をかすめました。
そもそも蚕を育てると言うことは、思いやりと愛情を持って飼育しないと、立派な繭を作ってくれません。しかも、農家にとって繭は大切な収入源です。一家の生計を左右するだけに、養蚕家にとっては「おカイコさまさま」なんです。それだけに、何時もカイコに思いやりと愛情を注いで育てております。 例えば、牛や馬はお腹がすいたり、寒い日には泣いたり騒いだりして大きな声や音を出して人を呼び寄せることができます。しかし、蚕は泣くことも、騒ぐこともできません。農家が「今日は寒いから、蚕も寒いのではかろうか?」と言って蚕室を暖房したり、「今日は猛暑だから暑いのではないか?」と言って防暑対策をしたりします。また、蚕座に桑の葉が無ければ「カイコがお腹を空かしているのではないか?」と言ったように、全て思いやりと愛情を持ってカイコを育てないと、立派な繭は作ってくれません。このカイコに対する愛情が、1年たち、2年たちしているうちに、自然と思いやりのある人柄が形成されて行きます。カルチャー(culture)を翻訳すと文化や耕すと言う意味がございます。まさにカイコは養蚕農家の愛情ある人柄を作り上げております。